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ブルーグレイな日々とデザインのメモ帳

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ブラジリア

年末にいったブラジリアの都市計画の衝撃といったらもうこれは筆舌に尽くしがたいというかなんというか。これまで僕が大変したどの都市とも異なる様相で、非常に楽しかった(そして疲れた)。

ユートピア思想が色濃く反映されたスーパースケール都市。1960年に設立、ゼロから作り上げられた都市だけあって、土着的・自然発生的な要素がほとんどない(少なくとも中心部には)。歩行者を意識した造りにはまったくなってなくて、都市の持つ機能は完全にブロック毎に振り分けがされてる。

そしてその中心部には、ナショナルミュージアムとカテドラルが。

設計した人、オスカーニー・マイヤー。

とくにミュージアムは、国立美術館というにはあまりにも規模が小さく空虚で、その立地も相まってさながら宗教施設のよう。
そうか、この都市は、この都市自体が、政治思想を強く主張するメディアとして機能しているのだ。それが今もなお”機能”しているかどうかは別として、強烈なメッセージを今も放ち続けているその強度は、忘れられない経験になりました。
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空間と活動

こちらでの、ふだんのボクの活動の中心となってる建物の中。

はい、Frank O Gehryの設計です。

複雑そうに見えてシンプル…ではなく、計画自体とても複雑です。特に上層階は中心の吹き抜け回りに部屋があったり無かったり。自分がいったいどこにいるのか、慣れるまでは迷いまくってました。日々の活動拠点としては、刺激的なので良い。

大小いろいろなチームで、適宜メンバーを変えながら、時には個人でも活動したりするので、場所の選び方が、スムーズプロジェクト運営にとって非常に重要です。その点で言うと、視覚的なランダムネスというか、複雑さは申し分なくあるのだけど、選択の自由というパラメータはちょっと低め。流動布に面して張り巡らされたベンチに対して、少し家具類が(視覚的にではなく物理的に)重たいんだよなぁ…。引っ込んだエリアにある”たまり”はほぼ個室化されていて、こちらも閉じると開くの中間的な領域があればいいなぁ(これだけ入り組んでるんだからそういう場所ありそうなんだけど、ない)。もう少しユーザーが創造的にカスタマイズできる方が良いなぁというのが建築屋目線での感想。
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クラウンホール

ミース設計、イリノイ工科大学のクラウン・ホール。
オリジナルではなく改修されたのだと思うけど、最下段のガラスが磨りガラスになっていて、中に入った印象が他のミース建築とはちょっと違います。空間が内向きの印象。

一見するとほんとに「ふつう」です。
でも、普遍的には見えるけれど、構造的にはちょっとふつうではないことをやっています。柱に”見える”H形鋼は実は柱でなかったり、シンプルな箱を実現するための工夫が随所に。Less is Moreの”More”は「豊かである」と訳されたりもするけれど、この豊かさというのは単に削っていくことだけでは生まれないんだぞ、という哲学が感じられる建築。
プランはこれ以上ないくらいのユニバーサルスペースです。今は、大きな机が無造作に並べられて、建築学科のエスキス部屋として使われてました。

こちらはクラウンホールにスタックされていたスチール製のハイスツール。ボク好みの真っ直ぐな脚。シンプルで、道具として使い込まれた椅子が、シンプルで緩やかなユニバーサルスペースによくマッチしていたので。
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シカゴ

現地の人たちには、”ビーンズ”の愛称で親しまれてる彫刻。ミレニアムパークのイチバン目立つ場所に鎮座しておりました。

"Cloud Gate” by Anish Kapoor

マイナス3℃の寒空なんだけど、絶えることのない人。
通常、アートっていうものには機能がない。なぜなら、何かを解決することを求められていないから。どこかで聞いたことがあるような言い方を流用させて頂くと、アートに求められているのは問題定義である、と。

カプーアが作ったこの彫刻は、ピカピカに磨かれた鏡面の歪な曲面が、今まで僕たちが見たことなかったような都市の姿を映し出す。それは、"見たことのない都市の姿”という問いの投げかけであるようにも思えるし、もっと純粋に考えれば、都市を楽しむためのひとつの装置として機能しているという風にも思える。
実際は、後者の印象が強いんだよなぁ。デザインとアートの中間領域、みたいな。

というわけで、人生初のThanksgivingホリデーは、シカゴで過ごしております。七面鳥も食べました。
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Dia: Beacon

学生のころに訪れた分もカウントすると、マンハッタンにある美術館も色々と行きました。グッゲンハイム、メトロポリタン、MoMA、ニューミュージアム、等々。そのどれもが素晴らしいのだけど、今回行った場所はグランドセントラルから電車に揺られて1時間半ぐらい。Beaconという郊外の街にあるココでした。

Dia: Beacon

良いぞ良いぞ、と噂は聞いてたのだけど、期待をまったく裏切らない素晴らしい場所でした。電車が1時間に1本しかないにも関わらず、予定時間を2時間オーバーして滞在。

ナビスコの古い工場をリノベーションした美術館です。外観はなんてことないのだけど、中めくるめくモダンアートの世界。ところどころラフに残された”工場”感、フラットで広いフロア、のこぎり屋根から優しく差し込む自然光。作品自体はどれもサイトスペシフィックなものではないのだけど、だからこそなのか、リノベーションと現代アートは親和性が高いなぁとつくづく思う。作品があることで、その場所がその場所だけのものになる、と言えばいいのか。

中でも個人的に非常に印象的だったのは、Fred Sandbackの毛糸を使った作品群。ただの細い毛糸が、空間を規定する様は、非常にスタティックなんだけどスリリングで緊張感がバシバシと伝わってくる。あれはもう一度、いや何度でも見たいなぁ。

アメリカの美術館にしては珍しく、館内は写真撮影禁止、パブリックWi-Fiもありません。だから、その分鑑賞者は作品と対峙するしかなく、展示に対して集中することができる。それもなにか皮肉なんだけど。
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今住んでる地域には、なかなかイイ感じのショップも少ないので、買い物も目的の1つに据えてカナダのトロントへ。

想像していたよりもずっと大きな街で、街のど真ん中にはトロント大学のキャンパスがあって、なかなか魅力的な街でした。こちらの大学のキャンパスはというと、日本のソレと違って街中のあるエリアに大学の施設がパラパラとあると行った感じ。街と大学、ではなく、街の大学、という雰囲気がとてもイイ。

建築もいくつか見たのだけど、既存建物の改修という点で共通しているこの2つ。

オンタリオ・ロイヤル美術館。設計した人、ダニエル・リベスキンド

一時期リベスキンドが多用していたこのデザイン言語は、旧館を繋ぐ大きなファサードとして外部へのインパクトは相当に大きい。でも内部空間はごく普通のエクステンション計画といった感じで、なかなかこの強烈なデザインが機能しているようには思えなかったな、というのが感想。ベルリンのユダヤ博物館のような強いコンテクストを感じなかったのが一因なんだろうか。


アートギャラリー・オンタリオ。設計した人、フランク・O・ゲーリー。

こちらも既存の改修計画で、ファサードとインテリアが刷新されていました。水平方向に長い曲面のガラスファサードは、この街の間合いではなかなか全体像がつかめなかったんだけど、インテリアは印象的。ごくごく普通の木質系材料を使ったチープな設計の中に、時折ゲーリー流の“毒”が盛られていて、ハッとさせられるのでした。
こういうの、上手いんだなぁ。初めて知ったよ。


というわけで、目的のカナダグースのアウターも購入できて、居酒屋にも行けたトロント。暖かくなったらまた訪れたいな。
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Fallingwater

Fallingwater、って言ってもなかなかピンとこないんだけど。落水荘、の方が長年親しんだ分やっぱりしっくりくる。

行ってきました。

ピッツバーグのダウンタウンから車で1時間ちょっと。近代住宅の傑作の1つであるそれは、建物が“建っている”というよりも、そこに“置かれている”という印象でした。

名作すぎて、今更あれこれ批評するまでもないのだけど。
滝の上にある住宅という強烈なインパクトに起因する外観のイメージばかりが先行しがちだけど、内部空間もそれはそれは驚くべきデザインでした。

コーナー、がない。あらゆる出隅入隅が面取りされていたり、高密度な造り付けの家具によって徹底的に“角”がケアされている様に感じました。そこまでして、ライトは何を消し去りたかったのだろう。
天井高の低さにも驚き。メインリビング以外はどの部屋も2mそこそこ。平面・立面・断面のコンセプトとまったくズレがなく、水平方向への拡がりが強く意識されているのを感じました。この天井高の低さが、「日本的」と感じる強い要素なんだと思います。

あぁ、これはすごいな…と思ったポイントは2つ。主寝室からバルコニーへの連続性と、ゲストハウスのモダンさでした。特にゲストハウスは、母屋の後に建てられたのと、予算が厳しかったことから装飾的なデザインが控えめなのだけど、それが同じデザイン言語を使いながら圧倒的にモダンな空間に翻訳されていて、非常に印象的でした。

学生の頃からの憧れの住宅。まずは1つ。
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メタボリズムをこえて

建築の役割は「守る」ことと「育む」こと。

建築家で、今日訪れた京都国際会館を設計した大谷幸夫氏の言葉です。
そんな場所を題材にしたドキュメンタリー映画のジャパンプレミアに行ってきたのでした。

「メタボリズムをこえて」
フォルカー・ザッテル&シュテファニー・ガウス監督。

建築のドキュメンタリーは、撮るのも理解するのも難しい。でも、この作品はなかなかにテーマが明解で、この建築がどのように利用されてきたのか、誰がそれを支えてきたのかを、41分という決して長くはない時間で明解に示してくれました。

なんと言っても上映会の後の座談会と見学会が素晴らしかった。建築を担当した大谷研究室の山本敬則さんと、インテリアを担当した剣持デザイン研究所の松本哲夫さんとゲストに、松隈先生がコーディネータ。大谷さんの思想を下敷きに、この建築の過去、現在、未来が愛情を持って語られるその場面は、次世代を担うべき人たちにとってとても意義深いものだったと思います。

山本さんが語った、耐震改修やメンテナンスに対する思想も明確。ただ、建築をつくる材料費よりも人件費がそのコストの大きな部分を占めるようになった現代において、原型保存を継続していく難しさもまた、時代の移り変わりを実感させられる厳しい問題として提示されました。

東京大空襲をくぐり抜けた体験を建築の原風景に重ね、冒頭の言葉を信念として持っていた大谷さん。50年間大切に使われてきた建築と対峙する、ステキな時間だったな、と。
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ふつうじゃない

青木さんと同期の恩師から、又聞きレクチャーを聞かせてもらったので、妙に気になってきて実物をみに荻窪まで行ってきたのでした。

大宮前体育館。設計したのは青木淳建築計画事務所。

一見ごくごく普通の、ちょっとラフな外観をした建築物です。周辺は2層の住宅がほとんどで、ボリューム感もそこに合わせてあるので街にもよく馴染んでる。まさか、これが体育館だとは言われるまで誰も気付くまい。

地下2階までグッと体育館のボリュームが埋められています。建築というのは地下に掘れば掘るほどコストがかかる。青木さんは、せっかくつくるんだからそれはやりましょう、と役所を説得したらしい。
これだけボリュームを消すとにこだわった訳は、敷地をぐるっと回れば理解ができる。ぽかんと間=はらっぱをとって配置された不整形の建築は、環境によく馴染んでいました。

と、こんなことを書いてると至ってふつうの建築のようですが、なんだかこう、ふつうじゃないところが随所にちりばめられていて、なんだコレはと面食らいます。建築をやっている人ほど、そう感じるんじゃないかなぁ。使ってる人にとっては全然関係なく、それはそういうものとして受け入れられるような、そういう“ふつう”。


庇の見付け面の高さが、場所によって違う、とか。
換気塔が剥き出しで、なんとなく座れそうなベンチが周囲をぐるっと囲ってたり。


ホームセンターで売ってそうなコンクリート縁石は、ふつうじゃない形に並べられているし。


屋上。芝生を張り切ってしまうんではなく、所々歯抜けにしてクローバーのボリュームをちりばめたり。
古いRC造のように、梁には大袈裟なハンチがついていて、柱の面取りもすごく大きくとってある。クラシックな意匠。


埋められた体育館のマッスの仕上げは、コンクリート打ちっ放しに白いペンキを塗ってから拭いてあるし。
挙げ句の果てには、その壁自体がグネグネと揺らいだ形をしていたりする。

などなど、枚挙に暇がない。

なんだか色んなものが、ぽーんと放り投げるようにデザインされている。先輩はそれを、“手離れ感”という言葉で表現してました。
そうそう、菊池敦己さんのサインもぽーんと放り投げるようにデザインされている。

これからの建築って、こういうことなのかもしれないなぁ。
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やさしい建築

この夏は、どうしても”やさしい”建築を見たくって。

やさしい建築といえば、なんとなく設計者の候補はふたり。中村好文さんと、藤森照信さん。もろもろスケジュール的にいけそうな場所をピックアップして、いざ。
伊丹十三記念館、設計したのは中村好文さん。

焼き杉板がずらっと張り巡らされたラフな外観。スカッと抜けた周辺の環境に、わりとポッと、突拍子もなく置かれた感じは、ちょっと拍子抜けします。中央にうがたれたガラスのエントランスをくぐり抜けると、そこには明るい中庭、桂の木が1本。なんだか伊丹十三さんがまだそこに居るかのような、やさしい雰囲気。

結果的に、建築というよりも、伊丹十三という人間が、とても印象に残りました。完全に展示に引き込まれた。ものすごい人だったんだなぁ。

肝心の建築は、というと、それはもう伊丹さんの“家”でした。中村好文さんが手がけた建築の中でもかなり規模の大きい部類に入ると思うのだけど、それでもなお住宅のスケールを心地良く纏った建築。材料の使い方や、家具、建具の収まり感などは素晴らしく、気配りの建築。

とくに、そこで働く人たちへの配慮がよくって。おそらく展示ケースもしっかりバック導線が確保されているだろう造りになっているし、収蔵庫もたっぷりの面積を割り当ててある。“使う人”の具体が、とてもよくイメージされてる気がしました。
カフェの吊り戸棚、受付のカウンターなんかも必見です。

というわけで、これは紛れもなく“記念館”でした。そして、やさしい建築。
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