HASH BLOG

ブルーグレイな日々とデザインのメモ帳

5年10年

10年後の未来を見通すのは難しい。なぜらば、10年先も同じことを日常的にやる人は、この変化の激しい世の中にあってなかなかいないから。
でも5年くらい先の未来なら、すでに今もう一部の生活者の振るまいとして現れはじめてる。だから、5年ぐらい先の社会を見通すことが限界で、僕たちにできるのはそういうことなのだ、とSEEDATAの宮井さんは言う。


たしかにね、10年前からずっと続けてる習慣とか振る舞いって、なかなか思い浮かばない。いまは手元に欠かせない、ボクの持ち物も生活習慣も仕事の仕方もすっかり変えてしまったiPhoneだって、10年前はなかったのだから。

 

と、考えながらふと思いついた。このブログ、10年以上も前からやってたんだなぁと。
そんなことを考えながら、明日を見通す仕事をする日々。AXIS読みながら。

 

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2017

2017年のスタートも、こんな感じでした。

日々は寄せては返す、波のように。

 

こんな感じの日常が、いったいいつまで続くのだろうね、ボクももう若くはないのだけどさ。

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再開

ブログを書かないまま、ずいぶんと長い時間が経ってしまいました。

 

無事帰国し、住まいも落ち着き、仕事も始め、なんだかんだと忙しくはしてますが、そろそろアウトプットしていかないとなぁと思いつつ、なかなか筆の進まない日々。うーん、なんというか、インプットが増えればアウトプットも増えるだろうって思ってたんだけど、僕の場合はそうでもないようで。入ってくる情報量が増えると、(特に新規情報の場合)それをどう処理していいかマゴマゴとしてしまうようで、アウトプットがままならない模様。

 

でもでもそろそろ、まとまらないままでも、アメリカで学んだ2年間をふりかえりつつ、自分の変化を認めつつ、僕の考える「デザインとは何か」をまた、書いていこうと今日決心しました。

 

というわけで、まだどれだけコンスタントに書いていけるか分かりませんが、ゆったりとしたペースでも、HASH BLOG再開します。(いや、休んでたっていう訳でもないんだけどね。)

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謹賀新年

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
更新滞り気味ではありますが、本年も何とぞよろしくお願い致します。
毎年恒例のあれ、毎年狙って海辺に行ってる訳ではないんですが今年も。
今年はブラジル、リオデジャネイロのコパカバーナにおりました。
2015年は日本の地を一度も踏むことなく、超特急で過ぎ去っていったなぁという感じ。アメリカにきてしばらく経って、慣れてきたかなぁと思っていたけどやっぱり体力も気力もずいぶん消耗します。その分、デザイン・シンキングの講義や企業とのコラボレーションも始まってこの身に染み込んできてることもずいぶん多いんだろうなぁと思ってます。いや今は、それを確認したり振り返ったりしてる時間が勿体ない。
もう少し、あと少し。この歳になってちょっと恥ずかしい気もしますけど、思い切り前だけを見て走りきりたいと思います。
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思い思い

こちらもサンフランシスコ。
泊まってたミッション地区の近くに程よい大きさ(と言っても日本のソレと比べるとかなりデカい)があって。とある平日の5時くらい、公園そばにあるビール屋さんに行った時に見た光景がすごかった。

Mission Dolores Park

そこにいる人たちの“思い思い”っぷりといったら、もう。所狭しとすし詰め状態かと思いきや、それぞれがきちんと意図せずして程よい距離感を保ちながら、基本的にはみんな好き勝手やっている。そしてその密度、集合加減がハンパないわけです。
公共空間の使いこなし方、場所を他人と共有することに対する基本的な考え方が違うんだろうなぁ。日本のソレのような、恥じらいとか遠慮というものが(ほとんど、そしていい意味で)感じられない。
どちらがイイか、ということではなく、こういう使いこなし方もあるんだと気付かせてくれた場所。
これはもう都市公園のひとつの理想的な姿だなぁと思ったのでした。
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続・サードウェーブ

コーヒー音痴な僕も、流行ってるものにはやっぱり興味がありまして。サードウェーブコーヒー、流行ってますね。代表格はブルーボトルでしょうか。

サンフランシスコはそんな第3波がたくさんあって、幾つか行ってみたのでした。

Sightglassの店内。

Ritual Coffee Roasters、Four Barrel Coffee、Sightglass、ポートランドではStumptownへも。サードウェーブと呼ぶにはちょっと大型で異質だけど、シアトルのスタバ新業態「Reserve.」にも。

第3波の定義というと、その場で焙煎、シングルオリジン、一杯ずつ“ドリップ"する、こんなところでしょうか。
味については正直なところ、違いはわかるものの、客観的評価を下せるほどの能力が僕にはなく、自分の好みでしか語ることができないのでここでは省略。

ひとつ、第2波との大きな違いは、Wi-Fiがないこと(Reserve.にはあったけど)。生活の中の“サードプレイス”を目指したスタバを始めとする第2波は、日常生活の延長としてそこで過ごす時間・体験を重視したのに対し、第3波は、純粋にコーヒーとともに過ごす時間を楽しみに来て欲しいというスタンス。連続する体験と、独立した体験、の違い。この違いは、些細なようで、結構おおきい。

そして、こういう些細な性格の違いが利用者に響いてるって、とても面白いなぁと思ったり、結局いろいろ循環してるのね、と思ったりしたのでした。
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カストロ

筆舌に尽くしがたい経験、とはこういうことをいうんだろうな。

6月から、月の3分2ぐらいは旅に出ております。6月は、西海岸へ20日間ほど。まず始めに訪れたのはサンフランシスコでした。観光も建築もミュージアムもビールも美味しいご飯も、そして何より街の雰囲気を堪能したんだけど、何よりここが一番印象的だった。

Castro / カストロ

Airbnbで探した宿があったのが、たまたまこの地区。ゲイのカップルのお宅にお邪魔してました。ここカストロ地区は、世界のLGBT文化のオリジン、と言っても過言ではない地区だと思います。街の至る所にレインボーフラッグが掲げられていて、そして、なんと横断歩道までもがレインボーカラー!

街角のバーに入ってビール飲んでたら、隣のおじさんが「ココは、世界で一番古いゲイバーなんだ。大きな窓がある、ね。」って教えてくれました。初めは意味が分からなかったんだけど、考えてみるとなるほど昔はここアメリカでもゲイバーってアンダーグラウンドな存在だったんだなぁと。

運良くLGBTフィルムフェスティバルの開催期間中。行きたかった1910年創業のカストロ劇場でLGBTをテーマにしたドキュメンタリーを観ることもできました。これがまたすごく良かった。LGBTコミュニティーの歴史を、個人が撮影したホームビデオから紐解いていく映画。今ではまぁ、特殊とは言え社会的に認知されているこのコミュニティーも、当事者たちの努力と、社会との闘争によって勝ち取られたものなんだなぁ。

見るもの、感じるもの。その全てが今までに経験したことのないものばかり。旅のことを書くのは何となくニガテなので、伝えきれないのがとても残念。
自分の知らない、所属コミュニティの外側の世界を、「無きもの」として扱ってしまうことの怖さ。そんなことを感じたのでした。
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いま

この夏は、アメリカ国内外を飛び回っておりまして、なにかと更新が滞り気味ですゴメンナサイ。
こちらでの生活も、予定のほぼ半分が終わりました。というわけで、一度ここらで渡米した目的を自分なりに整理しておこうかな、と思いまして。個人的備忘録なので取り留めのない長い乱文ですが、お時間持て余してる方だけお読み下さいませ。

ボクはいま、アメリカの内陸部にある中ぐらいの都市でビジネスのお勉強をしております。いわゆるMBAというヤツですね。縁もゆかりも予備知識もない町に来た理由は、大学がデザイン思考のカリキュラムを持っていたから。流行ってますね、デザイン思考。でもまぁデザイン思考がこんなにももて囃されるずっと前から深澤直人さんやトム&デヴィット・ケリーを追いかけてきた身としては、やはり一度身を投じてみたいという気持ちがありました。で、いまココ。

いわゆる“正当派デザイナー”になれなかったボクですが、いろいろな経験と出会いを経て、自分なりのデザイン観というものはなんとなくありまして。社会に出て9年が過ぎて、やっぱり何か頂いていたモヤモヤをブレークスルーするには既存のシステムの輪廻から脱する方法を考えないと、何も起こせないんではないかという気持ちになっていたのが数年前。そこで“ビジネス”というものを学ぶことと、デザインすることがなんとなくリンクし始めたワケです。画を描き、美しいモノをつくることだけがデザイナーの役割ではなく、むしろ“デザイナー”という言葉の枠に捕らわれすぎているんじゃないかなぁと。

こちらで勉強していてわかってきたことといえば、現代の社会は経済社会、あるいは資本主義社会の原理にフィットするように出来てるってこと。でもって、さらにわかってきたのは、こいった人が産み出したシステムなのにもはやアンコントローラブルな状況になっちゃってるんじゃないか、ということ。
日本という、世界的に見てもある種とっても特殊な状況に置かれている国で30余年暮らしてきて、それが本当にこれからも維持できる幸せな正解なのかということへのギモン。ならば、その弱点を探そうではないか、「敵を知り己を知れば百戦殆からず」的な発想で、ビジネスを学ぼうということになったわけです。(個人的にはこのなんでも“戦さ”に例えられてしまうのもヤなんだけど。)もちろん、それをデザインという視点から解き明かすという個人的展望は忘れずに。それがボクがいまここにいるモチベーションだったりします。

最近のボクは議論の中で、”challenge to capitalism”という言葉をときどき使います。文字通り、資本主義への挑戦。アメリカのビジネススクールでそんなことを言う人はまぁいないんだけど。
アントレプレーナーの講義をして下さっている先生との議論の中で、なぜ人はそんなにビジネスでお金を稼ぎたがるのか、稼がなくてはいけないのか、という質問をしたときのこと。“それは違う。お金は目的ではなく、成果を計る指標でしかないんだよ。偉大な人は、だれもお金のために働いてるわけじゃない。”と言われました。ドラッカーも言ってます「利益は目的ではないし、動機でもなく、企業が事業を継続・発展させていくための条件である」と。うん、まぁそれはそれで理解はできるのだけど、ではその指標変えることは出来ないのか、という疑問もやっぱり浮かんでくるわけです。(ドラッカーはお金ではなくProfitという言葉を使ってるんで、意外に本質を突いているのかもしれないけれど。)

だから今ボクは、簡潔に言ってしまうと、これからのことを考えるためにまず既存の枠組みを知り、考え方のバリエーションを増やす、ということをしてるのかもしれません。ボクの回りにいる人たちは、日本にいるときには考えられなかったほど多様性に富んでいるし、考え方も思想も様々。そんな中にあって、いわゆる「デザイナー」になれなかったボクが、これから何をどうデザインしていく人になれるのか、今年もう35歳になっちゃいますが、今はそういう想いを持っていて、結構ワクワクしています。
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着地点

どの世界でもそうですが、いわゆるビジョンというものが求められています。どこを着地点とするか、という遠い彼方の目標を見定めること。これを描くことは、優秀な人材に求められる必須の能力。
でもなかなかそれは上手くいかない。なぜならそれがものすごく遠くにあるから。はたまたそれが「正しい」ことなのか、確固たる自信がなければそれを人に表明することすらなんだか恥ずかしいことのように思えてくる。(これはやや日本人的な発想で、本来は間違えることが当たり前、それをどう軌道修正するかが本当の能力だったりするのだけれど。)

本来、未来は予測不可能なもの。でも、その不確かな未来との距離を縮める手立ての一つがデザインシンキング(も少し突っ込んで言うとラピッドプロトタイピング)のような気がしています。早め早めに向かうべきマイルストーンをカタチにして、ダメならばサッサとつくり変える。遠くにあるものと、現在地点との距離を縮めるための作業。アタマとカラダを同時に動かす作業である、というところもなかなかポイントが高い。
ゴールに向かって走り続けるための、やる気の自家発電のようなものでしょうか。
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デトロイト

車で3時間弱、近いような、遠いようなデトロイトに行ってきました。実は渡米前から気になっていたスタートアップがあって、今回はそこがガイドしてくれるスプレーアート(グラフィティとストリートアートを合わせたようなイメージでしょうか)を巡るツアーに参加してきたのでした。

2013年に財政破綻する以前から、街(特にダウンタウン)はアブナイと聞いていたのでビビってたんですが、実際行ってみて感じたことと言えば、気を抜いちゃ行けないなってことでした(笑)。テクノミュージックの産まれた街でもあるのでクラブなんぞのぞき見したかったのだけれど、その勇気も出ないほど。

街の成り立ちの歴史的背景は財政破綻以前からいろいろあるようなのでここでは割愛するけれど、街のスケールというか都市計画がもう人間を寄せ付けないスーパースケールなのが印象的。基本的に車がないと生活できないし、(冷たい雨の日曜日だったことを差し引いても)街中の歩道を歩いてる人も結局ほとんど見かけない。(人がいない、というわけではない)
道路はそこら中冠水してるし、インフラのメンテナンスが追いていないのが一目瞭然。橋桁の下なんかでは道路が池みたいになってて、立ち往生している車もちらほら。

そんなネガティブなイメージが先行しがちな街ではあるけれど、次のステップへ進めるべくいろんなことが渦巻いてるのも同時に感じることができました。今回巡ったスプレーアートもその1つ。

Splash Muralsの、消火器を使ったやつ。9階建てのビル一面の大きさ。

冒頭にガイド役のMattから投げかけられた質問は、「グラフィティとストリートアートの違いって何だと思う?」でした。1つの帰着点はというと、それがlegal(合法)であるか、illegal(非合法)であるか。もしくはある種のヴァンダリズムと言われるような文化破壊がグラフィティで、それがクールなものとして受け取られてコマーシャリズムに迎合したものがストリートアートだ、っていう見方もある。

デトロイトの街中は普通の街に比べて明らかに荒廃しているし、そこら中にグラフィティが溢れてる。グラフィティが少ないエリアは、「あぁここは人が“キチンと”生活してるところだな」っていう安心感すらあるほど。
でもデトロイトの面白かったところは、ブラック(非合法)なグラフィティを、用途のなくなった壁(もしくはただの壁)にオフィシャルに(ホワイトに)開放して、なにが合法で何が非合法なのかすら曖昧なグレーゾーンを拡大し続けているところにあると思う。行政がラクガキ対策としてやる壁の開放なんかじゃなく、街で生活してる人たちがそれを進めてる。
それは従来的な意味でいう街の“美化”ではないのだけれど、確かに文化的な、あるいは俗として受け入れようとしている。ストリートの文化なので、コマーシャリズムとの結託を忌み嫌うアーティストもいるらしいのだけど、そういった動きともまた違う感じがする。

MEGGS (houseofmeggs.com)

今回お世話になったDetroit Bus Companyは、財政破綻後に縮小してしまった公共交通をカバーするために立ち上げられたスタートアップ。いわゆる私立のバスカンパニー。古いスクールバスを活用し、スプレーアートをバス本体に施して(アーティストのタギングまであった!)、堂々と小中学生の通学や都市観光の一端を担っている。
彼らは実に自由で、楽しそう。これが一番重要なポイント。公共サービスってなんなのかね、とも考えさせられた今回のデトロイト。
なんだか上手くまとめられないのだけど、このごちゃごちゃとしたモノを早めに定着させておいた方がいいかな、通ってそのままエントリー。

※掲載した2つのスプレーアートは両方とも合法とのこと。
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